2019年のスタートに

あけましておめでとうございます。
今年の元日はボヘミアンラプソディを見に行きました。

見たい、見たいと思いつつ、年を越してしまったこの映画。

クイーン世代ではありませんが、知らない世代などないのではないでしょうか。
映画のラストシーンLIVE AIDは、ユーチューブで本物の映像を何度も見たくなるし、そのすごさに泣けます。

LGBTが生きにくかったであろう時代の天才。
その辛さは私には想像がつきません。でもLGBTをオープンにしたことで、大きく飛躍した芸能人やブロガーの話は何人も聞いたことがあります。

人に言えない(自分にオッケーを出せない)というのは、どれほど自分を追い込んでしまうんだろうか。

そしてそれを受け入れてくれる家族がいるというのはどれほど心強いことなんだろうか。

私たちは相手のlove = 自分のlikeであってほしいと思いがちで、それは決して悪いことではない。でも相手が自分に対してdislikeなところがあってもloveは存在する。

loveはもっと大きな括りで存在していて、likeもdislikeもその大きな大きな袋の中の1つに過ぎない。私の最近の口ぐせ「単なる好み」。
自分にオッケーが出せないとそれに気づけないし、気づいても素直になるにはバンジージャンプのような勇気がいる。

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別に芸能人や天才が人間的にできた人でなくてもいいと思っています。ものすごい才能があるのなら不安定でいい。

誰と誰が何回結婚してたって、曲や演技が最高ならば、それが芸の世界のような気がする。ファンなら幸せでいてほしいと思うけれど、たまに道を間違えてもそれがきっと魂の歌や演技になるならいいと思う。

それは本人が向き合うべき課題であって私たちには関係ない。それを周りで支えたり守る人がいて、人間関係は成り立っている。

たまにできた人がいたら大きく賞賛すればいい。表ヅラしか見えない人とは一緒にいてざわざわする。そういうの世間も敏感だし。人のことはわかるんだと思います。

だから今年は皆さん、清水から飛び降りるような気持ちで、自分の奥の奥の心の部分を出していきましょう。
私と私の周りはそんな溢れる愛の空間でありたいと思う。私もバンジーあなたもバンジー。笑

2019年もよろしくお願いします。