祖母の死と流産が教えてくれたこと5

その1

その2

その3

その4

 

 

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出血と痛みが粗方治まった入院前日。

キッズアスリートの出張レッスンに行った。もうつわりもなくて、子供達とピラティスをしてもお腹の痛みを感じないほど。

 

 

帰ったらいずみさんから新しいクリスタルボトルが届いていた。

新しいボトルはバランス。やっぱり石によって味は違うし、カラダがホッとしているのがわかる。

 

明日は手術だから、その前に旦那とスタバでコーヒーを飲み、晩ご飯を食べに行くことになった。

スタバで読んでいたのは心屋仁之助さんの「好きなことだけして生きていく」という本。なんども読んだ本だけれど、読んでいてふと気づいたことがあった。

 

私はずっと「アミ 小さな宇宙人」に出てくる星に憧れていて、地球も早くそうなってほしいって思ってた。

みんなが愛を交換できる、愛と叡智でできた星。でもそれは地球が滅びてしまったり、スターウォーズのような大きな変化がなければならないことだって思ってた。

 

でも・・・

 

心屋さんを始め、大好きなブロガーやヒーラーは同じ地球にいながらその世界を生きているような気がする。

パラレルワールドという言葉があるように、厚紙をふーっと息を吹いて回転したら裏と表の絵が同時に見える昭和のお菓子のおまけのように。

 

”本当はここにいながらにして、そんな世界を生きられるんじゃないだろうか。行ったり来たりできるんじゃないだろうか。”

 

そんな人たちが宇宙から魂を助けるお役目をもらっている気がする。役に立つというのはすごくエネルギーが必要で大変そうだなと思っていたけれど、そんな時は宇宙が必要なエネルギーを送ってくれるから、あの人たちは自分のエネルギーを消耗しなくとも魂を助けて、今を生きて、更に自分の心に従って楽しんでいるんじゃないかなと。それに気づいちゃった私はこれから宇宙のお役に立つ仕事が来るんじゃないかなと。

 

そう思った時に「うっ」とお腹に痛みが走った。

今思えば、これが我が子からの最後にして最大のギフトだった。

 

 

そんな世界を生きているなら、

手始めに「私、今晩、何を食べたいだろう?」

 

自分の内側とつながった時に珍しく焼肉が出てきた。昨年から畜産業の残酷さを書いた記事をたくさん目にする機会があり、肉から気持ちが遠ざかっていた。「でも今は焼肉が食べたい!」手術を前に私のカラダはエネルギーを必要としている。

 

私「ねえ!今日焼肉にしない!?」

旦那「え?さっき中華にしようかって話してたやん」

 

旦那に即否定された。というか会話を読んでわかる通り否定されてないのだが、今晩は中華に行こうという会話をしたことをすっかり忘れていた私は否定された気分になった。

 

拗ねて黙り込んだけど、自分の声を一度否定された(正確には否定されたと感じただけ)くらいではこの先何もやっていけない。「どうしても今日は焼肉が食べたい」と旦那におねだりした。

 

結局、近所の焼肉屋さんはどこも満席で、ラーメンを食べて帰ったのだけれど。

帰り道、さっきの私の突然の"焼肉食べたい"宣言について、私の自由で気分屋すぎる性格について二人で大笑いしながら帰った。(よくよく考えれば中華を食べたいと言い出したのも私だった。笑)どんだけ勝手な嫁やねん!

 

大笑いの真っ最中にポコンと膣からピンポン球が出てくるような感覚があった。

すぐにその意味がわかり「赤ちゃん出てきた!」と旦那に言った。これまで散々悶え苦しんだ痛みと違い、本当にポコンという感じ。

 

赤ちゃんを潰さないようにへんてこりんな歩き方で家路を急ぎ、帰って出てきた塊を見た。

本当にタマゴぐらいの大きさの塊だった。

 

綺麗な布に包んで旦那と一緒に持った時、また涙が出てきた。「いい子だったね」妊娠がわかってからの1ヶ月を振り返り旦那の胸でわんわん泣いた。たぶんこの子は手術が明日なのを知っていて、私に出産を体験させてくれたんだと思う。

 

そのまま深夜の病院にいくと、塊の中から先生が赤ちゃんを見つけ出し、見せてくれた。

たまごの白身のような透明の袋に小さいけれど真っ白で勾玉のような美しい赤ちゃんが見えた。夜間の急患にも関わらず、若い女医さんはこれが赤ちゃんで、こっちが胎盤でと丁寧に私たち夫婦に説明をしてくれた。

 

初めて見る我が子。お腹の中にいる時は影も見えなくなっていたので、人の形があることにただただ感動した。

 

子宮の中に胎盤も残っていなかったので、翌日の入院と手術は取り止めになった。

赤ちゃんとは病気の検査があるため、そこでお別れし、私たちは家に帰った。

 

お腹の痛みがほとんど取れた後もしばらく赤ちゃんが出てきた感覚は忘れず残っていた。